2008年04月04日
日本における戒厳
意外と知らない真実。
このようなことが起こっていたようです。
旧大日本帝国憲法下の法体系においてこの戒厳の態様を規定していたのが1882年(明治15年)8月5日太政官布告第36号「戒厳令」であったことより、戒厳の宣告を行うこと自体をしばしば「戒厳令をしく」「戒厳令下に置く」というが、やや正確性に欠ける表現である。また、東京周辺が騒乱状態に陥った際、例えば二・二六事件時にとられた行政措置(後述)を「戒厳令」ということもあるが、これも厳密さに欠ける。なお日本の現行の法体系にあっては、戒厳令に相当する法令は存在しない。
戒厳の実例
臨戦地境戒厳は、日清戦争中の広島市、宇品、日露戦争中の長崎市、佐世保市、対馬、函館市、台湾全域、澎湖島、馬公要港に布かれた。
一方合囲地境戒厳の実例は存在しない。1945年の日本列島全域、あるいは少なくとも同時期の沖縄本島、またソ連参戦後の樺太や千島列島は外形的には敵国に包囲され攻撃されているという合囲地の条件を満たしており、陸軍参謀本部では宣告を検討したともいわれるが、一説には「戒厳の宣告は敵に弱みをみせる」として取止めになったともいう。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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